稽古のあれ・これ 2024
82歳 入門21年目
■合気道の黒帯は街中での暴力に対応できるか
私がときどき通っている鍼灸院の先生は剣道が趣味で、治療を受けながら武道の話をよくする。先日、古い稽古日誌を読み返していた中に、その先生から「斎藤さんは合気道の黒帯だから、街中などで暴力を振るわれても対応できるでしょう」と、問われたことを記した日誌があった。私は外出先で暴力を振るわれたことはなく、鍼灸師も含め暴力に関する質問は初めてのこと。どう答えたか。多分、「簡単に対応できることではないし、怖いですヨ」と言ったような気がするが。私自身は、鍼灸師の質問に関することに関心はあったが、道場では稽古に集中だし、道場仲間との飲み会でもなぜか話題にならなかった。
楽心館で護身術を稽古をしている皆さんにとって、鍼灸師の質問に関心はあるだろうか。稽古も4~6年経つと黒帯になる人も出てくる。さらに稽古を積んでいくと、道場内で掛かる技は外部の人にも掛かるだろうか、との思いが出てくる。多くの皆さんも同じだと思う。そうしたとき、友人・知人、あるいは身内の人から、“街中での暴力に対応できるか”と問いかけがあったら、皆さんどう答えるのだろうか? どう答えているのだろうか!?
鍼灸師の質問は10年(当時72歳)ほど前のこと。体力・気力が落ちた今、同じ質問を受けたら、私は何と答えるだろうか、自問自答してみた。まず逃げることだ。NHKの古武術の紹介番組「明鏡止水」に出演していた古武術師範の先生方も一様に、「暴力に振るわれる前に逃げる」と、武術のプロも逃げられれば、これが一番と答えている。では、逃げられないときはどうするか。合気道20年間の積み重ねで培った、楽心館の護身術で精一杯身を守るしかない、と考える。相手次第でもある。
*私が石川先生に教わった護身術
石川先生が左手で私の右手首を掴み、右拳で小手にガンガン打ちつける。痛いなんてもんじゃない。狙って打たれたら骨は折れるだろうと思う。激烈な痛さだ。立技での稽古だったので腰・膝が一気に崩れた。柔術の打撃術、シンプルで強烈な技だ。私はこの技で対応しようと思っている。稽古では一度も試したことはない。稽古では使えない技だ。
■半身の構えが暴力を避ける
JRの改札から階段を上がってホームに出ると、10数人の人だかり。近づいて行くと、がっしりした体つきの50代の男が、同年代の同じ制服の男の肩や背中を叩いていた。相手の男は歯向かいもせず泣いている。と、私の前方にいた40前後の男性が「止めなさいよ」とその男に声を掛けた。男はゆっくり振り返り、声を掛けた男性に向け無言で近寄って行く。間合いが2mほどになる、声を掛けた男性はサッと左半身の構えになった。男は立ち止まり男性を見据え、踵を返して無言のまま離れ、泣いていた男に近寄り声を掛け、共に囲んでいた人垣から離れて行った。半身の男性も自然体になり無言で立ち去って行った。
私は入線してきた電車に乗り、先ほどの“暴力場面”を思いだしていた。武術経験もかなりあると思える男性の、「止めろ」ではなく、「止めなさいよ」と落ち着いた声で呼び掛けたことに感心し、同時に喧嘩慣れしているように感じた相手の男が、半身の構えを見て、「何か武術をやっている、まずいな」との男の思い(と思ったかどうかわからない)が、それ以上の暴力を止め、その場から立ち去った。落ち着いた呼び掛けと、半身の構えが次の暴力を止めたことになったと考えた。
■啖呵を切って苦境を乗り切る
友人Kは二十歳で結婚したが、ある時Kが私に、「先週、公園をS子(奥さん)と歩いていると、三人連れにいちゃもんを付けられたんだ。しつこい奴らで、まとわりついて離れないんだ。やられるかと思ったよ。そうしたらS子、奴らに向かって啖呵を切ったんだ。俺もエット思ったけど、奴らは圧倒された顔で離れて行ったよ。あんなに気丈な性格とは知らなかった。でも、おかげで助かった」。
Kは中学時代に柔道黒帯で、一人か二人なら何とかなると思っていたようだ。結婚して1年ほどだったと思うが、奥さんの強烈な啖呵で連中を退散させ、暴力を防いだ。奥さんは可愛い人で夫婦共働。何とかしなきゃいけないとの必死の思いが夫婦の苦境を乗り切った。映画の世界の話と思っていたが、あるんだ。(暴力に関することを書いていたら、思いだした大昔の実話です)