Our Story
稽古3年
苦手な転換
五十嵐 政治
黒帯を頂いた
合気道を始めて3年と6ヶ月。過日先生より「黒帯」を戴いた。手に取ってみると、それは私好みの色合いで、黒字に金色の糸で刺繍された私の名は誇らしくもあれば、これを締めるに値する技量を有するや?と、恐らく同じ境地の人様並みに自問してしまう。「器が人を作る」の言葉がある。黒帯の作る器の形は締めた形から「丸」と思われるが、大きく豊かな丸い器に柔軟に溶け込むに、私には「転換」を筆頭に今以ていくつかの技を苦手とする角を持っている。
苦手な転換
以前、「物理的思考」と題しトラウマ化した苦手技に関し、克服したいがため苦手である理由を私なりの見解を以て述べたことがある。以下はその一部である。
(上略)正対し自分の手首を掴んでいる相手に対し、技により相手の体勢を崩すことで、手を取られている不利な局面を有利なものに逆転する技術として「転換」がある。私はこの技が苦手である。何故なら、体の動作として納得し難いものを感じるからである。
「転換」をメカニカルに考えたとき、そこに存在する拘束条件は
- 掴んでいる相手の手は空間に固定されている
- 掴まれている自分の手首と相手の手の間に滑りは存在しない
人の肩(自由度3、回転自由)や肘(自由度1、回転不自由)の構造より、上述した拘束条件下では腕そのものが動かせない。しかし指導は、「自分の肘を相手の肘に重ねる等」である。動かせないものを使ってどのように技を行うのか?この疑問が私の体の動きを頑なにし、結果として「転換」を出来ないものとしているのでは(?)と思われる。(下略)
名探偵アポロ
長々と出来ない理由を述べ連ねていますが、苦手意識をトラウマ化まで昇華した主因は、出来ない故に更に難しく考える私の性格にありますが、従因として、相手して下さる方々の教え方が様々であることにもあると思われる。唯一正しい体の動きが先生にあるとすれば、先生以外の方々の体の動きは、ひとつとして同じものはない。例えれば、それは恰もアガサ・クリスティのオリエント急行殺人事件の様に、大雪に閉ざされた豪華列車の中で一人の富豪が殺害されたが、全ての乗客にはアリバイが存在すると言う不可解な事件と同じ様に思われる。さて、この列車に偶然乗り合わせた名探偵ポアロは、如何様にしてこの事件を解決したのであろうか?事件の真相に迫った名探偵ポアロの思考過程を伺い知ることは出来ないが、小説内容とかけ離れて私なりに展開すると、
- ポアロは乗客ひとりひとりに、年齢、出身国、財産、旅行目的、友人関係等、事件に関連すると思われるポイントを押さえつつ多くの視点を持って聞き取りを実施した。
- お互いアリバイが有ると言った乗客同士は、上述の重要なポイントを押さえつつ横の繋がりの中で関連を調査した。これはイメージ的には、クモの巣の中心に殺害された富豪を置き、そこから延びる乗客個人の縦糸と関連の横糸の交点に押さえるべき重要なポイントを置いた図柄で表現出来る。
- この乗客同士が作る二次元模様上、誰が得をするのかと言った視点からから特徴的なパターンを見つけ、ストーリー(仮説)化を行うことで犯人の絞り込みに至った・・・でしょうか。で、犯人は一体だれ?ヒ・ミ・ツ。未読の方は、どうぞ本の中に探して下さい。
さて、脱線した話を私の苦手な技に戻し、名探偵ポアロの知恵を拝借し同様なアプローチをすることで、稽古相手の持つ個々人の動きに惑わされることなく技の神髄に迫るための手法を考えた場合、
- 先生をクモの巣の中心に置き、相手して下さる方の動きを“軸が真っ直ぐ立っている”“初動の有無”“直線性”“等速度の動き”“脇が空いている”等、押さえるべき要素として感じつつ稽古する。
- 更に他の方とも同様な要素から、業の掛かり易さの視点を以って、その動きに共通する特徴を二次元的に捉えることで技を構成する要素の重み度が明確になり、結果として“動き”から真なる“技”へと導き得る・・・でしょうか。
統計手法は「田口メソッド」
他に稽古に没頭する以外で苦手技克服の手法な無いのでしょうか。上述した「技を構成する要素」の視点に注目し、私が知っている統計的手法を用いることを考えてみましょう。
この問題解決に使いやすい統計的手法は「田口メソッド」と言われているものです。この手法の例を漢方薬で説明します。(私は漢方薬医ではないのでイメージ説明です)
初冬を迎え手足の指先が冷たく感じたので、一般的薬局ではなく漢方薬局へ行き処方して貰ったとします。その症状に対して漢方薬局は一種類ではなく数種類の漢方を処方して呉れます。手足の指先が冷たいと言った症状に対し、処方された数種類の漢方薬のどれが、どの程度効いているのでしょうか。それを求めることは、恐らく漢方の本質から外れる事なのでしょうが例として敢えて実験をするなら、処方された漢方の配合を規則的に変え、症状緩和により効果的な漢方を絞り込む・・・です。
この例の、数種類の漢方薬に相当するのが前述した「技を構成する要素」です。田口メソッドでは、技を構成する上で重要と思われる要素“軸が真っ直ぐ立っている”“初動の有無”“直線性”“等速度の動き”“脇が空いている”“重心移動”“膝の動き”等を選択し、2水準から3水準に場合分けします。例えば、“軸が立っている”を2水準化すれば、“軸が立っている”と“軸が立っていない”です。この様に水準分けした要素を統計学的に組み合わせて実験(ここでは技を掛ける)と統計的処理(計算)をします。この統計的手法で大切なのは、何を入力とし何で評価するかですが、ここでは単純に「相手の手に加える力の量と相手の軸がずれた量」としています。その計算結果、技を決めるのに、より効果的な要素と、多少出来ていなくても技として成り立つ要素に分類出来る様になります。その要点が浮き上がれば、その要素に集中して技を磨けば良いと言う事になるのですが、この結果を得るためには、個々の要素の精度が許容範囲以下である(つまりバラツキが小さい)事が必要条件なのです。
以上、苦手技克服手法を二種類考えてみましたが、二種類が共通する事に気付かされます。それは、全ての技において漫然と稽古をするのではなく、技を構成すると思われる要素を確認しつつ(又は感じつつ)行う事によって、相手を選ばない絶対的な技へと昇華出来る・・・ですね。勿論私流で絶対的結論ではないと思いますが、とても優等生的結論に至ってしまいました。
私は合気道を54歳で始めたので、本来なら体で覚えるべき技を、ある程度理論でサポートしないと理解(本来なら体得)し難いと言う現実が有ります。しかし、逆に技を構成する要素を重み度を以て理解することが出来れば、入門者等への対応時、説明に説得力を持たせることも可能になるとも思われます。
黒帯を戴いた今後の抱負としては、統計的アプローチをする前のに
- 体術の基本要素の精度を上げる
- 問題意識を持ちつつ精進する
の二つです。頑張ります。