Our Story
私の好きな
モーグルと
合気道
五十嵐 政志
私の好きなモーグルスキー
始めてみるとその深遠なるが故、技どころか立居振舞への理解の糸口すら掴めない状態です。この漠然としたものを炙り出したく、私が多少経験するモーグルスキーと彼我(ひが;比べること)を行なってみます
稽古を始めたきっかけ
私は自動車メーカーで、エンジンを開発する仕事をしています。合気道を始めて7ヶ月が経過しました。きっかけは、海外旅行時痛感した護身への必要性です。
合気道との比較
モーグルスキー(以下モーグル)を簡単に紹介しますと、モーグルは、急で連続したコブ(凸凹)の深い斜面を滑り降り、ターン、エア技術、スピードを競うスキーのフリースタイル競技のひとつで日本選手では、里谷多英選手、上村愛子選手が有名です。然し、残念ながら私はエア技術を持ち合わせておりません。
用具
稽古着以外なにも無い合気道に対して、モーグルは、ゴーグル、手袋、ストック、ブーツ、スキーを装備し重量的には不利であり自由な動きが制限されます。
環境
合気道の屋内、畳の上に対して、一般にスキーは、寒い冬山の自然が相手であり、時として数メートル先も見えない状況下で行なわれます。但し私は、どんなに厳しくても大自然の中、風を切って滑る爽快感が大好きです。もう一つの環境として、スキーが個人プレーであるのに対して、合気道は当然の事ながら、組み合うと言った対人関係の元に行なわれます。私にとって畳の上も、組み合う事も始めての経験です。
体力、筋力
護身を身上とする合気道に対して、凡そ平均斜度25度のコブ斜面を重い装備を身に付け200m近くを滑り降りるために、重力を利用するスポーツではありますが体力(筋力)は必要不可欠のものです。滑り終わると息が上がり汗をかきます。この筋力維持とダイエットを兼ねて、毎週末ジョギングと筋力トレーニングを続けています。
身体動作
合気道は、頭から焼き鳥の串の如く地面に垂直に軸を通し、重力を利用し、体を捩ることなく、この軸上での上下移動及び道場面内での平面移動中に技として腰、膝の骨に連動し筋肉を動かす(で良いでしょうか?)に対して、モーグルは、斜面(地面)に直角に軸を通し、胸は常に最大傾斜方向(谷の方向)を向けながら上半身は操り人形の如くぶら下った状態で、コブとスキーの反発力を利用し、腰から下を柔かく左右に振りスキーを滑らせる。更に、スキーの抜重(スキーコントロールのため一瞬雪面から荷重を抜く)と合気道で技を掛ける瞬間の動作等々、一見酷似している様に思えますが、スキーの雪面をシッカリ捉えるため筋肉に頼ることや体を捩る箇所が大きく異なっていると思われます。
費用
稽古着、木刀等初期投資以外ランニングコストが殆ど掛からない合気道に対して、スキーは、スキー、ブーツ、ウェア等一式で数十万円必要であり、更にスキー場までの交通費以外渋滞による時間的損失は計り得ません。但し近年に於いてバブル期のブームは去り、関越も相当走り易くなりました。
その他
技を理解するため、掛けられる痛みの理解を伴う合気道に対して、スキーも転倒による痛みを避けることが出来ないだけでなく、時として骨折等の怪我を伴います。但し、適切な転び方により怪我を最小限に抑えることは可能であり、合気道の受身に相当しています。
まとめ
以上、暗中模索の中、取り止めの無い彼我を繰り広げてきましたが、体の使い方を焦点にするとモーグルを含むスポーツ全般に共通するのは、重力を補助とし筋力を用いて体を捻り、その反力により運動を継続するに対して、合気道を含む「何々道」に共通するのは、重力の元、骨に連動し筋力を用いるでしょうか。石川先生と体を比べた時、筋肉量で言えば同等程度と思われますが、先生が技を掛けるときの力(と言うよりフォース)とスピードは凄まじく、筋肉量の問題ではないことが痛い程(実際に痛い)分かります。今私は、筋力は、合気道を行なう上で阻害要因になっているのではと悩んでいます。
稽古環境について述べましたが、稽古はほぼ同年の方々から、我が子と同い年の大学生との混合で行なわれています。ゴーグルやグローブを通してではなく、直接向き合って教えを乞う形態は私を真摯に且つ新鮮な気持ちにさせて呉れます。冬の自然と異なり、向き合う相手は暖かい血の通った人間です。
合気道を始めた変化は姿勢に現れた気がします。ただ、週一回の稽古は、忘却のスピードと同一であるため、体の使い方から技の掛け方まで一進一退の状況であり達成感を得難く歯がゆいところですが、今は僅かながらも進歩を信じ、精進することが寛容かと思っています。
最後に、合気道に近付きたくモーグルを題材に色々な観点からアプローチしました。結論は「合気道はモーグルとは似ていない」ですが、根底の共通点は、今の私にとってどちらも楽しいことです。