子供の潜在意識
東京武道館 原様
娘様は黒帯になるまで稽古を続けられました。
娘に合気道を習わせることにしたのは、以前から私が「力を使わず相手を倒す護身術で、女性には最適らしい」という漠然としたイメージを持って合気道に憧れていたからでした。夫は「まだ三歳だから合気道の技を覚えるのは無理だろうけど、挨拶やきれいな姿勢が身に付くのでは」と考えていたようです。
インターネットで合気道道場を探したところ、楽心館では三歳児から受け入れてくださると知り、家族三人でまずは見学に行きました。東京武道館の広々とした武道場で、小学生のお兄さん、お姉さんがお稽古をする姿を拝見し、こちらの気持ちまで引き締まるようでした。娘は意味を分かっているか定かではありませんでしたが、「やってみたい」と言うので、その場で入門を決めました。本来は三歳からなのですが、石川先生にお計らい頂き二歳十一ヶ月での入門となりました。
夫の予想に反して、娘は合気道の技をどんどん覚えていきました。子供の吸収の早さに、私も夫も驚かされました。親が勝手に「まだ小さいから出来ないだろう」と、子供の限界を決めてはいけないのだと実感しました。
しかし、ずっと順調に合気道を続けてきたわけではありません。入門して半年を過ぎた辺りからお稽古をやりたがらない日が徐々に増えてきました。道着に着替えて道場までは行くものの、いざお稽古が始まると私に抱きついて離れず開始時の整列すらしない、無理に引き剥がしてもすぐに泣きながら抱きついてくる、という事が何度もありました。
帰宅後、合気道をやりたくないのかと訊くと「やりたい。次はちゃんとお稽古する」と答えるので連れて行くと、またやらない。辞めたいのかと訊くと「絶対に辞めない。暫くお休みするのも嫌だ」と答えるので連れて行くと、やっぱりやらない。半年以上に渡ってこのような事態が続き、私はすっかり落胆し、時にはきつく叱って泣かせてしまったこともあります。
親の勝手で始めせたことなのに未熟だったと娘に申し訳なく思い、反省しております。この時期は先生を始め、一緒にお稽古して下さる皆様にも大変ご迷惑をおかけし、私にとって長くて辛いものでしたが、娘にとってはもっと辛かったのかもしれません。
入門から一年が経つ頃、初めて審査会に参加しました。娘は審査会前にもほとんどお稽古をしておらず、「整列や礼、演武が出来なかったら残念だけど合気道はやめさせよう」と夫と決めて、その旨を娘にも伝えた上で審査に臨みました。いざ審査会場に着くと、普段の数名でのお稽古と違い、他の道場でお稽古をされている大勢の子供たちが集まっていました。大規模な会の雰囲気に、親の私たちが圧倒されてしまいました。
私は正直なところ、普段でさえお稽古が出来ていないのに、初めて経験するこの空気の中で娘は私と離れて座ることすら出来ないだろう、ましてや演武などとても無理だろう、と諦めていました。ところが私の予想に反して、娘はきちんと整列をして礼をすることが出来ました。そして演武も、技を受けてくれたお子様のお陰もあり、普段お稽古を嫌がっていたのが嘘のように堂々と行いました。
私たち両親は合気道を始める前と同じく、ここでも子供の限界を勝手に決めつけていたことに気がつきました。審査会前はまともにお稽古が出来ていなかったものの、娘は入門当初の約半年間、しっかりと頑張っていたのだという事実をすっかり忘れてしまっていたのです。審査の結果は何と合格。帯の色が黄色に変わったことが嬉しかったのか、娘はまた少しずつお稽古をするようになっていきました。
その後順調にお稽古を重ね、二度目の審査会に参加しました。そこで、同じ年で同じくらいの背丈、同じ黄帯の女の子に出会いました。前回の審査では年上で背の高いお兄さんお姉さんに囲まれていたのですが、同じ年の子の存在を知り、娘は喜んでいました。この審査会ではこのお子様と一緒に橙帯に合格しました。
それ以来、同じ年で同じ帯のお友達ができたことがとても励みになったようで、娘は「○○ちゃんもがんばっているかな?次の審査も一緒に合格したいな」と、それまでよりもお稽古をやる気になりました。半年に一度、審査会でそのお友達に会えることを楽しみにしています。
合気道を始めてから毎晩、寝る前の絵本に加え、楽心館の教本「意心形心」を読み聞かせるようにしているのですが、最近は自分から読んでほしいとせがむようになりました。この「意心形心」には次の帯に昇級するための技などと一緒に、昇級に応じた心の成長を助ける言葉が書いてあります。読み聞かせの甲斐あって、娘は
「なせばなる なさねばならぬ 何事も ならぬは 人の なさぬなりけり」
「やってみせて 言って聞かせて させてみて 褒めてやらねば 人は動かぬ」
などの名言をそらんじるようになりました。娘なりに意味も理解しているようです。お稽古で体験入門のお子様と組んだ時、「やってみせて、言って聞かせて、させてみて、の通りに教えたんだよ!」と得意気に話してくれたこともあります。
現在、娘は青帯に昇級し、全くやらなかった時期があったとは思えないほど、積極的にお稽古に行きたがっています。あのとき辞めなくて本当に良かったと思います。合気道のお稽古に通うことで、続けることの難しさや大切さを親である私も痛感しました。また、娘にとっては一生懸命頑張って審査に合格出来たという経験が大きな財産になっていると思います。これからも、お稽古を続けて心身を鍛え、合気道を通じて出会った友人を大切にしてほしいと願ってやみません。